天理図書館
蔵書数約150万冊の やまとのふみくら

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当館について

天理図書館の沿革

 大正8(1919)年3月、天理教青年会に図書委員が任命され、道友社内に図書室をおいて図書購入に着手した。これが後年の天理図書館誕生へのささやかなきざしであった。同13年10月、当時旧制大阪高等学校の学生であった中山正善天理教二代真柱が青年会会長に就任、改めて図書館の設置と、図書収集・整理等が審議された。翌14年3月創設の天理外国語学校内に前記の図書を移し、8月「天理図書館」と命名、新たな運営方針に沿った図書館として発足した。図書整理は、遠大な将来の経営プランに従って、教校・中学校・女学校の蔵書のみならず中山家の所蔵図書をも一括包含して、着々と総合化が進められた。15年9月末より、これらの図書を新築した外国語学校校舎3階西側に集結、館名を「天理外国語学校附属天理図書館」と改め、11月に約26,000冊(うち洋書5,000冊)の蔵書をもって閲覧を開始した。
 昭和3(1928)年10月、昭和天皇即位の御大典が行われた際、教会本部ではその記念事業として、本格的な独立図書館の建築にのり出した。同4年4月着工、翌5(1930)年10月に竣工したのが現在の建物で、ここに現天理図書館が第一歩を踏み出したのである。
 その後本館は、教内および地域社会における中心的文化施設として、教義や一般文化の啓蒙に広く関与した。これらの諸活動は、次第にそれぞれの施設に吸収されて、天理外国語学校附属図書館としての本館は、純粋に宗教学や各国語学・文学等を中心とする研究図書館として、また公開図書館として各方面への活動を続けてきた。

 第二次大戦後、外国語学校の大学昇格に伴い、大学附属図書館として一層大きな役割も与えられたが、戦後のめざましい活動と蔵書の増加があいまって、その名は広く海外にまで伝えられるに至った。同26年秋には昭和天皇の行幸があり、またたびたび各種の国内・国際学会の舞台ともなった。しかしながら蔵書の急増に伴う書庫の狭隘が問題化し、全教の発意により書庫を主とした大増築を計画、同36(1961)年2月着工、同38(1963)年6月に竣工をみた。こうして今日の蔵書収容量125万冊の図書館となったのである。
 平成20(2008)年4月には、東閲覧室に約3万冊収納の開架書架を増設し、平成12(2000)年度以降に収集整理された新刊和書、昭和41(1966)年以降の主立った天理教文献、文庫本等を新たに開架図書とした。また、平成24(2012)年4月には大学分館であった八号棟・体育学部図書室が、情報ライブラリー本館・分室と改称され、本館より独立した。

 天理図書館では、『天理図書館善本叢書』『天理図書館綿屋文庫俳書集成』をはじめとする館蔵本の複製出版、海外約40か国との図書交換、毎年の開館記念展開催や東京天理ギャラリーでの展示、蔵書検索(OPAC)のインターネットでの公開など、多様な活動を行っている。国立情報学研究所の目録所在情報サービスにも参加し、業務の効率化を図る一方で、本館のコレクションの特色の一つである和漢古書の書誌情報を登録するなど、学術研究情報への貢献にも努めている。

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