天文献だより

その1 天理図書館の天理教文献室
その2 最も古い天理教文献
その3 日本一の雑誌
その4 教会報と教区報
その5 出版物への写真掲載
その6 天理図書館展覧会図録

天理教文献室
Mail : omichi@tcl.gr.jp

その1 : 天理図書館の天理教文献室

 天理図書館には天理教文献(天文献)室という部屋があります。その名の通り、天理教に関するあらゆる資料を扱う部署です。
 天理図書館において天理教文献の占める位置は大変大きいものがあります。当たり前のことですが、天理教文献の蔵書数世界一の図書館です。当たり前と言っても、世界一ですからそれだけの自負と責任があります。「天理教学」の研究者や天理教について調査しようとする人に対して、天理図書館は文献情報を提供しなければならないと考えています。
これから、このページで天理教文献に関する様々な情報を発信をしていこうと考えていますが、今回は第1回目ですので概略をお話することにします。

天理教文献って?

 「天理教文献」と聞いて、どんなものを想像しますか。普通に考えると「天理教に関する書物」ですね。でも「1冊の一部分だけが天理教について書かれたものは?」とか「書物だけ?」といった疑問が出ますね。そう考えると天理教文献を定義するのは難しいものです。
 天理図書館が定義する「天理教文献」とは、一言でいえばやはり「天理教に関する文献」となります。そして1冊の本の一部分に少しでも天理教のことを書いていれば「天理教文献」です。さらに単行書だけでなく、雑誌、会報、文書、新聞、ポスター、チラシ、物品などを含みます。


 「物品」の文字を見て疑問を感じた人もあるでしょう。これは主に記念物品です。ある記念に作成、配布した物品、例えば手拭い、団扇、湯飲み茶碗などに天理教に関する文字情報があれば「天理教文献」として扱っています。
 とにかく、天理教に関するものを網羅的に蒐集しようという姿勢を持っています。しかし現在、情報過多の時代にその全てを蒐集するのは無理です。またそうすることの意味もやや薄れてきています。蒐集については現実的なところで行かざるを得ないと言ったところです。







TOP




その2 : 最も古い天理教文献

 天理教文献の中で一番古い文献について考えてみます。これを考えるにはまず天理教文献とは何か、ということになりますが、前回ごく大ざっぱに説明しましたので、今回はその先へ話を進めます。  一番古いといっても天理教が始まってまだ170年ほどです。教祖ご誕生から数えても、210年ほどですので、勿論それより遡ることはありません。実際には江戸時代の最末期から天理教文献は始まります。


「みかぐらうた」の筆写本

 教史上、明らかなのは教祖が慶応2年から「みかぐらうた」を教え始められたということです。おそらく自らお書きになったと思われますが、残念ながらその原本は残されていません。しかし、教祖の側で信仰に励まれていた多くの先人たちが教祖自筆の「みかぐらうた」を見ながら書き写されたものが残されています。そのうち一番古いものは、山中彦七の手による『天輪王踊歌写帳』(慶応3年筆写)です。この本は天理図書館の所蔵ではありませんが、永尾広海氏の研究によれば大福帳の形をしているということです。
 教祖が「みかぐらうた」を教えられたのは、慶応2年から明治15年までだとされています。信仰者たちは、教祖が書かれた「みかぐらうた」を競って臨書したことでしょう。またそれは日々のおつとめの地歌ですから暗記するためにも自らの手で筆写しました。


最も古い印刷物

 教祖の原本をお借りし、書き写した人もあれば、先輩信仰者の筆写本を借りて書き写した人もあった筈です。こうして次々に書き写すことを「転写」といいます。当然書き漏らし、書き誤りが生じます。「みかぐらうた」を筆写して所有している人には借用希望者が大勢やって来ますが、貸し出し中で応えられないこともあります。となると当然、印刷したいとの思いにかられます。おそらくこうしたことから印刷されたであろう「みかぐらうた本」の最も古いものが『拾貳下り御勤之歌』です。明治14年、大阪の「天恵組(テンエグミ)」という講から出版されました。現在のところ、本教の最も古い印刷物です。
 本教で一番最初の印刷物という「名誉」は大阪の一つの講が持っているんです。天恵組は当時、おてふり練習が盛んに行われ、おてふりを踊ることが一種の羨望として見られていた節があります。まだ教会制度ができる前ですが、この講を母体として多くの大教会、分教会が誕生するのは、さらに十年ほど経てからのことになります。

 なお、周辺文献というか、関連文献としては、教祖ご誕生の前川家や、中山家に関する文書史料も広い意味では天理教文献と言えます。さらに、教祖長男秀司様が吉田神祇管領家から公許を得られた時の文書史料も同じです。どちらも江戸時代末期のものとして知られていますが、そこまで広げると収拾がつかなくなりますので、ここでは触れないことにします。

TOP




その3 : 日本一の雑誌

 天理教の出版物に、日本一の雑誌があります。日本一って何が日本一なのか。そこが問題ですね。「日本一」を計るものとして考えられるのは古さ、発行部数、質の高さ、くらいでしょうか。
 日本一の天理教の雑誌とは、多くの方が想像された通り『みちのとも』です。そして、その日本一の意味は「古さ」です。今から『みちのとも』についての日本一の意味とその他の話題を、合わせてお話します。


「みちのとも」が日本一のわけ

 『みちのとも』は明治24年12月に創刊されましたので、立教171年(平成20)で118年目になります。日本の雑誌で118年も続いているものは極めて少ないのです。「唯一」とか「日本で一番」とはっきり書けないのがもどかしいところですが。
 さて、明治24年頃の日本の雑誌界はまさに創刊ラッシュの時代でした。逐次に刊行する雑誌なるものが、日本において出だしたのは幕末期。明治になるとさらに創刊が増え、明治20年頃から『国民之友』や『日本人』といった大衆に影響力をもつものが出現します。
この頃に創刊されて現在まで続く雑誌として明治20年の『反省会雑誌』と明治24年の『みちのとも』があります。『反省会雑誌』は現在の『中央公論』のことです。『反省会雑誌』とは一風変わった誌名と思われるでしょう。創刊時は西本願寺の僧侶たちの雑誌で、禁酒を軸とした仏教界改良を唱えたものでした。日清戦争後、総合雑誌となり明治32年に『中央公論』と改題したものです。つまり、創刊時とは全く別の雑誌になっているのです。『みちのとも』より創刊が早いとは言え、同じに論じることはできません。
現在継続中の雑誌で創刊の一番早いのは確かに『中央公論』。しかし発行所も誌名(読み)も変わらない雑誌としては『みちのとも』が日本一の歴史を有していると言えます。これが『みちのとも』日本一の意味です。

『みちのとも』は毎月発行されますから、読むのも大変です。しかし、『みちのとも』のバックナンバーを見るのは楽しいものです。各号ごとの時代にタイムスリップしたような気分になります。例えば明治26年1月号綴じこみ附録に「天理教会教祖改葬式行列之光景」なる図があります。前年の教祖墓地改葬式行列を描いたものです。勾田の旧墓地から豊田の新墓地まで切れ目ない行列が続きます。絵のことだから誇張されていると思われるかもしれませんが、明治25年12月号の記事を見れば、けっしてオーバーな表現ではなかったことがわかります。図と記事の記述によって当時のお道の雰囲気が読みとれます。 他にも各所に見られる統計資料、本部からの通達事項、本部神殿や施設、各教会詰所のふしんの状況など百年に余る本教歴史の一大資料宝庫です。過去の歩みを正確に知って、将来の展望を開く。天理図書館『みちのとも』バックナンバーは、皆さんの活用を待っています。

TOP




その4 : 教会報と教区報

 天理図書館には届いた郵便物などを各係・室へ仕分けするボックスがあります。天理教文献室のボックスには平均して毎日10通ほどが届きますが、その半分以上が各地から届く教会報と教区報(支部報)です。
 教会報、教区報出版の歴史は古く、天理教文献中に占める位置も大きいと言えます。最も古いのは、明治37年発行の『興徳時報』で、河原町大教会が発行したものです。この後、明治時代末から大正時代にかけて教会報、教区報が続々創刊されることになります。今回は最近の教会報、教区報(支部報)についての話題を提供します。

 みなさんもよくご存じの通り、近年パソコン(ワープロ)が普及し、誰でも簡単に文書を作成、印刷出来るようになりました。このことにより教会報、教区報の出版がたやすく出来るようになりました。一昔前には、費用や編集手間がかかるため有力教会でなければ教会報は出せませんでした。しかし、現在は会長さんや担当する人が「その気」にさえなれば教会報を出版できるということです。事実、現在では(失礼ながら)小さな教会も教会報(月報)を出版しています。

 「その気」になれば、と書きましたが、「その気」を長く持続させることは簡単ではありません。一時の情熱だけではやがて冷めてしまいます。やはり、しっかりした信仰と誠真実の気持ちが長続きさせるのでしょう。

 現在(平成20年4月)、天理図書館に届けられている教会報、教区報、支部報の通巻号数の多いものを紹介しましょう。


【教会報】    
天 龍 郡山大教会 915 大正14年創刊
湖東月報 湖東大教会 805 大正13年創刊
本島通信 本島大教会 775 昭和3年創刊
敷 島 敷島大教会 736 大正12年創刊
恵 心 大江大教会 732 昭和10年創刊
月刊湯川 湯川分教会 712 昭和23年創刊
京城通信 京城大教会 711 昭和24年創刊
愛町月報 愛町分教会 707 昭和24年創刊
正 明 南海大教会 702 大正13年創刊
あおのはら 青野原分教会 702 昭和23年創刊
大正から昭和初期に創刊されたものは、全て一時休刊しています、創刊が早くても号数の少ないものがあるのはそのためです。
【教区報】
赤 心 大阪教区 *705 大正14年創刊
広 島 広島教区 656 昭和27年頃創刊
新潟理生 新潟教区 654 昭和28年頃創刊
神奈川 神奈川教区 641 昭和29年頃創刊
のうひ 岐阜教区 579 昭和31年創刊
教 友 東京教区 *550 大正14年創刊
*印の「赤心」「教友」は大正期に創刊、昭和6年から第二次世界大戦終了後まで一時休刊。それぞれ昭和24年、同28年に復刊されました。現在の通巻号数に戦前の発刊分は含まれていないので、戦前分を加えると赤心は774号くらい、教友は677号くらいになります。
【支部報】
甲 南 兵庫教区甲南支部 612 昭和31年頃創刊
ながた 兵庫教区長田支部 498 昭和41年頃創刊
東部支部報 鳥取教区東部支部 450 昭和45年頃創刊


 以上の雑誌は、天理図書館に届くものから選びましたので、他に発刊号数の多いものがあるかもしれません。ご容赦願います。なお、「年頃創刊」としているのは第1号が所蔵されておらず、推定の創刊年です。

 このまま行けばやがて1000号を越えるものが出てきそうです。教内外を問わず、一般に会報が1000号を越えるのは大変なことです。それだけで尊敬に値します。

TOP




その5 : 出版物への写真掲載

 天理図書館に豊富な貴重書があることはご存じの通りです。この貴重書の利用方法の一つに、天理図書館所蔵の貴重書写真を、新しく出版される書物へ図版として掲載したいとの要望があります。近年は書物だけではなく、テレビ局からの依頼も増えています。クイズ番組などの解説用に使われるようです。
 こうした活用に協力することは、貴重書を所蔵する館の務めでもあります。お宝は秘蔵、私蔵してはいけません。まして、死蔵になってはとても勿体ないことです。多くの人が活用できるようにするのが所蔵館の責務、いわゆる社会貢献です。
 写真掲載される天理図書館貴重書の中で、最も人気のある書物は『奥の細道行脚図』。松尾芭蕉が門人曽良と奥州へ旅立つ時の姿を描いたものです。もう一つ、現存世界で二番目に古いとされる『フォペル地球儀』もよく使われます。

 写真掲載に要望される書物の多くは、いわゆる貴重書に指定されたものです。しかし、天理教文献も時おり、書物への写真掲載の対象になります。そのほとんどは道友社をはじめ、婦人会、青年会など、教内出版物への掲載です。数は多くありませんが、一般教会、教区からの依頼もあります。最近では次のような資料が掲載依頼を受けました。

  ・ 『大聖天理御教祖』(映画脚本)
  ・大正期『みちのとも』の口絵写真
  ・『天理時報』記事
  ・『錦旗を迎えて』

 ある教区からの依頼では、何十年も以前に天理時報に載った記事を写真入りで掲載したいとの話を受けました。教区の担当者が言われるに、「○年頃だと思うが・・・」とのこと。記憶はほぼ正確でした。すぐに探せましたので、連絡し該当箇所の写真をお送りしました。できあがった書物を見ると写真入りの記事はやはり訴える力があります。

依頼先はプライバシーのため書けませんが、いずれも教内の出版物やビデオ製作のために活用されたものです。
 天理教文献が掲載に使われるのは教内出版物がそのほとんどですが、ごく稀に教外の出版社から依頼が来ることもあります。最近の例を1つだけ紹介しましょう。
 宗教建築を主題とした書物が企画され、ここに教会本部神殿やおやさとやかたの文献資料を写真掲載したいとの依頼です。収録雑誌などの書物は天理図書館にありますが、それらの発行元が許可するかどうかが問題です。さらにその大元である教会本部にも相談する必要があると考え、責任ある部署に事情を説明、判断を仰ぎ、許可を頂きました。
 こんなことも天理図書館天理教文献室の仕事の一つです。

TOP




その6 : 天理図書館展覧会図録

 天理図書館はこれまで数多くの展覧会を開催してきました。多くは稀覯書をテーマごとに展覧するものでした。天理教文献は書物の古さではいわゆる稀覯書には入りません。しかし、世界で天理図書館にしかない「天理教文献」をたくさん所蔵しています。時々、天理教に関する事柄をテーマにした展覧会も開催しています。今日は、天理教をテーマとした過去の展覧会から「図録」3点を紹介します。

 紹介する展覧会図録は次の通り。

  1 教祖百年祭記念展「教祖御在世の時代」(頒価100円)  
  2 天理教史参考図録(頒価1000円)
  3 教祖御誕生200年記念展図録(頒価500円)

               

 1 『教祖百年祭記念展「教祖御在世の時代」』は、昭和61年1月から2月にかけての教祖百年祭期間に開催した展覧会の図録です。教祖がご在世であった18世紀末から19世紀末までの世界の状況を、館蔵する書物の展示で表そうとしました。出展総数95。内訳は天理教文献12点、大和国近世文書18点、和書57点、洋書8点です。『エジプト誌』や『山辺郡図絵』は当時の世界や日本を、また『兵庫高田屋嘉兵衛物語』や『安政風聞集』は幕末期の日本、『違警罪之訳』『拾弐下り御勤之歌』『神乃古記』などは教祖に直接関わりある書物として展示しました。

 2 『天理教史参考図録』は、昭和62年から平成3年にかけて4回開催した「天理教史参考資料展」での展示書を中心にそれ以外の資料を加えて参考図録の形で出版しました。1の図録とほぼ同じような趣旨で作成、より詳しく、また天理教文献を多く掲載。『荒歳流民救恤図』『みかぐらうた(初版)版木』『本部名所』などで、天理教史を概観するのに便利な図録だと思っています。

 3 『教祖御誕生200年記念展図録』は、平成10年、教祖のご誕生から200年になるのを記念して開催した展覧会の図録です。1,2と重なる部分もありますが、最近までの200年間の「人間の営み(歴史)」を主題としました。内憂外患の幕末期を経て、日本という国を作り上げていく明治期、さらに大正、昭和初期に生きる人々の喜怒哀楽、その中でのお道の人々の信仰などを表現しようとしました。図録に掲載されている書物は、『(ゴローヴニン)日本幽囚記』、『御蔭参錦絵』、『西国立志編』、『Bushido』、『本部敷地つちもち紀念図』などです。

 まだ、若干の残部があるようです。書物のきれいな写真とお道の歴史にふれて頂ければ光栄です。

TOP



 天理図書館HPのこのコーナーへの質問をお寄せ下さい。「天理教文献」に関することならどんなことでも結構です。機会があれば紹介し、お応えしていこうと考えています。

天理教文献室
Mail : omichi@tcl.gr.jp